宇治上神社(うじがみじんじゃ) ダブルキャストbyうさぎ
郵便番号:611-0021
京都府宇治市宇治山田(JR奈良線「宇治駅」下車徒歩20分

宇治上神社 (うじがみじんじゃ)は、京都府宇治市にある神社。「古都京都の文化財」として世界文化遺産に登録されている。
菟道稚郎子命(うじのわきのいらつこのみこと)・応神天皇・仁徳天皇を祀る。宇治神社と対をなす。

歴史
創建年代などの起源ははっきりしていない。すぐ近くに宇治神社があり、明治維新前は両方を合わせて宇治離宮明神、八幡社と呼ばれ、宇治神社を下社・若宮とするのに対して、宇治上神社は上社・本宮と呼ばれている。『延喜式神名帳』には「山城国宇治郡 宇治神社二座」とあり、それぞれ宇治神社・宇治上神社を指している。近くに平等院ができるとその鎮守社とされた。

2004年2月、奈良文化財研究所や宇治市などの年輪年代測定調査によれば、本殿は1060年頃のものとされ、現存最古の神社建築であることが裏付けられるとともに、1052年創建の平等院との深い関連性が考えられている。

境内
現存最古とされる平安時代後期の本殿が残っている(外から見えるのは覆屋で、中に本殿が3つ並んでいる)。拝殿は鎌倉時代前期の宇治離宮を移築したものといわれ、寝殿造の趣きを伝えている。境内にある湧き水は桐原水と呼ばれ、宇治七名水の一つとされている。~ウィキペディアより

この祭神<菟道稚郎子命>という方は、、、
京の茶処として知られる宇治は、むかし<莵道>(うじ)と呼ばれていた。
「莵道稚郎子(うじのわきいらつこ) 」は第15代・応神天皇の末の皇子(おうじ) で、第16代・仁徳天皇の弟にあたる。
この皇子は、幼い頃から学問に秀で、優れていたので 2人の兄を差し置いてもこの末息子 莵道稚郎子に皇位を継がせる と父 応神天皇はおきめになった。

しかし、いちばん上の兄はこれを不服とし、応神天皇がお隠れになった後 莵道稚郎子を亡きものにしようと兵を差し向ける。
2番目の兄(後の仁徳天皇)がこれに気づき、弟(莵道稚郎子)に知らせ、長兄は討ち取られてしまう。

その後 莵道稚郎子は<儒教の原則(長子継続)に反する>ため即位はできない。と、次兄に譲渡。
しかし次兄も<亡き父の意志に背くことはできない>と、即位を断り続け、三年間もの空位が続いた。
<空位は国の乱れを招く>と 莵道稚郎子は自らの命を断ち次兄に皇位を譲った。
と、『日本書紀』は伝えている。

この<悲運の皇子>と言われる莵道稚郎子が奉られているのが宇治神社と宇治上神社です。
宇治神社と宇治上神社にはうさぎのお守りやモチーフが沢山あります。
これは莵道稚郎子皇子がこの地へ来られるとき、一匹のうさぎが道案内をしたという伝説からだそうですよ。

と、いうことで、三尾神社さんの根付うさぎがまた 大国さんに呼ばれて居なくなってもピンチヒッターが利くように 宇治上神社さんのお守りうさぎをダブルキャストでおいで頂き、うさぎセットは万全となったのでした。
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by usa3811 | 2011-02-13 19:48 | 京都こもごも

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